マイカーを手放した後の生活を疑似体験してみよう!(大阪府警察本部へのインタビュー)

 高齢ドライバーの事故に関する報道をよく耳にするようになった。自分でも加齢に伴い運転に不安が出てきた。とはいえ、免許を返納してしまうとこれまでどおりの生活が送れなくなるのではないかと心配になる。そういう不安を抱えている高齢ドライバーやご家族は少なくないと思います。  高齢ドライバーがなかなか免許返納を検討する際に直面する大きな問題の一つが返納後の移動手段の確保や生活の見通しです。  そこで大阪府警では「運転免許証返納体験」と呼ばれる施策を実施しています。免許を保有したまま、一定期間運転をなるべく控えてもらうことによってマイカーを手放した後の生活を疑似体験してもらうという試みです。既に一定の効果が表れているというその取り組み内容や参加者の声などについて、大阪府警察本部 交通部 運転免許課 高齢運転者等支援担当 警視 田中努様に話をうかがいました。
大阪府警察本部 交通部 運転免許課
高齢運転者等支援担当 警視 田中努様

免許返納後の生活を疑似体験できる「運転免許証返納体験」

― 近年の高齢ドライバーを取り巻く状況の変遷や動向について教えてください。
田中様:大阪府で発生した交通事故の件数は、10年前は約4万9000件だったのに対して、昨年は約2万4000件と半減しています。しかし高齢ドライバーが起こした交通事故の件数に関しては、10年前の約6300件から約24%しか減っていません。結果として交通事故全体の中で占める高齢ドライバーの事故の割合は、12.9%から20.1%へと増加しています。
世間一般的にも、高齢ドライバーによる事故の問題がクローズアップされるようになったこともあり、来年6月までに施行される予定の改正道路交通法では、75歳以上で一定の違反歴のあるドライバーには運転技能検査※を受けることが義務付けられます。これまでは、運転免許証を更新する際に70歳以上のドライバーは、高齢者講習、75歳以上のドライバーは認知機能検査と高齢者講習が義務付けられていましたが、講習における運転レベルによって免許が更新できなくなることはありませんでした。しかし、新たに導入される制度では、繰り返し受検はできるものの、運転技能検査の対象となる高齢者が実技実車による検査で一定の点数をクリアできなければ免許の更新ができなくなります。
 また、申請による安全運転サポート車限定免許が新設されます。※普通自動車対応免許を保有していない方(原付・小型特殊・二輪・大型特殊免許のみを保有している方)は、一定の違反歴があっても運転技能検査の受検は不要です(認知機能検査・高齢者講習の受験・受講は必要)。
― 来年から導入される運転技能検査によって、一定の違反歴があり運転レベルが基準に達しない高齢ドライバーは免許更新できなくなるというのは大きな制度改正ですね。そのような中、大阪府警では「運転免許証返納体験」という大変ユニークな取り組みを始めました。なぜこのような取り組みを始めたのでしょうか。
田中様:高齢ドライバーの中には、「車が運転できなくなることで生活に大きな支障が出るのではないか?」との不安から、運転免許証の返納になかなか踏み切れない方々が一定数います。そこで運転免許証を保持したまま返納後の生活を疑似体験していただき、実際の生活にどの程度の影響が出るのかを予め把握できれば、返納に対する漠然とした不安がなくなると考えたのです。具体的に支障が発生する部分が明らかになれば、それを解決していくことでリスクの大きい運転場面を減らしたり、免許返納を通して重大事故を防止できます。
 自家用車への依存が高く、近隣を走っている路線バスや鉄道を使っていない方にとっては、公共交通を使うこと自体に心理的なハードルがあります。しかし、返納後の状況を予め体験していただくことで、意外と公共交通が便利であることを発見できる可能性もあります。

なるべく運転を控えてもらいつつ日々の運転状況や感想を記録

― 具体的な取り組み内容について、簡単に教えてください。
田中様:1回目の運転免許証返納体験は、2020年9月11日から30日までの間、東大阪市在住の高齢ドライバー20人を対象に実施しました。「返納体験」といっても、実際に運転免許証や車のキーを取り上げるわけではなく、どうしても運転する必要があれば運転してもらって構いません。参加者の方々にはチェックシートをお配りして、実施期間中「その日に運転したかどうか」「運転した場合はその行先と距離」「1日過ごしてみた感想」を毎日記入してもらいます。

 20日間の実施期間が終了した後、最後に今後の自主返納を「考えている」「まだ分からない」「考えていない」の3択の中から選んでいただき、チェックシートを返送してもらいます。これを受け取った後、チェックシートの記入内容に応じたアドバイスをこちらで記入した「運転免許証返納体験 修了証 兼 アドバイスカード」を参加者の皆さんにお送りして終了となります。
― どのような方々が運転免許証返納体験に参加されたのでしょうか。
田中様:対象地域を管轄する警察署に協力を要請して、運転に関する相談に来られた高齢ドライバーに声を掛けたり、地元の老人クラブなどを通じて参加者を募りました。年齢は下は71歳から上は86歳まで、平均年齢76.35歳でした。参加の動機としては、「免許返納後の生活を体験してみたい」「運転機会が減少してきたため返納を検討している」といった理由を挙げる方が多かったですね。

参加者の多くが自主返納に対して前向きに考えるように

― 参加者からはどのような声が寄せられましたか?
田中様:取組を機に自主返納を決断された方が1名いらっしゃったほか、「返納を前向きに検討したい」「今後少しずつ車の使用頻度を減らしていきながら、最終的には返納したい」という声を多くいただきました。もちろん、「このまま乗り続けるつもりです」という方もいらっしゃいました。また毎日の運転の記録をとることで日々の運転の目的や状況が可視化できたため、運転免許証返納体験を終えた後も自主的に記録をとり続けて、「移動の都度車の必要性を考えて、近場だったら徒歩や自転車を使うようになった」という声もいただいています。総じて、今回の取組みに一定の効果はあったと感じています。
― 参加した高齢ドライバーの移動ニーズとしては、どのようなものが多かったのでしょうか。
田中様:事前の予想通り、「病院への通院」と「買い物」が圧倒的に多かったですね。お米や飲料水といった重いものを買い込む際には、「やはり車でないと不便に感じる」という意見が寄せられました。一方で、「今日は車ではなく自転車で買い物に行ってみた。少し荷物が重かった」という感想をチェックシートに書き込んでくれた方もいて、多少の不便を感じながらも積極的に代替移動手段を試していただける方も大勢いらっしゃいました。
― 市街地と郊外では、日々の生活における車の必要性が異なると思いますが、今回の取り組みでも地域による違いはあったのでしょうか。
田中様:やはり郊外にお住まいの方の方が、車を多く利用する傾向が見て取れました。東大阪市で実施した際には大阪市と隣接する西部よりも、山間部に近い東部の方が車を多く利用する傾向が強かったですね。

地域や期間を限定せず定常的に実施できる仕組みを検討中

― ちなみに、免許返納になかなか踏み切れない高齢ドライバーの方や、そのご家族の方が個別に警察署に相談に訪れることもあるのでしょうか。
田中様:はい。警察署に設けてある運転免許窓口にご本人やご家族の方が訪れたり、高齢運転者の相談を電話で受け付ける安全運転相談ダイヤル(#8080)に相談が寄せられることも多いですね。ちなみにご本人が直接相談に来られる場合は、既に自ら返納を決断されていて、具体的な手続きなどについて問い合わせてくるケースがほとんどです。やはり切実な相談は、ご家族の方からのものが圧倒的に多いですね。
― ご家族の方には、どんなアドバイスをされることが多いでしょうか。
田中様:ご本人の運転が明らかに危険な場合は、まずは認知症の疑いがないかどうかをご家族の方に聞いてみて、もしまだ医師の診断を受けていない場合は一緒に病院に付いていってもらって、診断を受けてみることをお勧めしています。返納になかなか理解を示してくれない高齢ドライバーの方の多くは、若いころからずっと運転を続けていて自身の衰えを認めたがらない傾向が強いので、ストレートに「もう運転しないで!」「返納しよう!」と言っても聞き入れてくれません。そういう場合は、例えば家族会議を何度も開いて、少しずつ段階を踏みながら返納に向けての雰囲気を作っていくのがいいと思います。

 直接口頭で伝えるのが難しい場合は、日ごろの感謝の気持ちを手紙にしたためて、その中で「私たちは心配しているんですよ」とソフトに伝える方法も場合によっては有効です。あるいは、警察のホームページには免許を返納した高齢ドライバーの方の声などが載っていますので、そういうコンテンツを読んでもらうのもいいかもしれません。どんな方法がご本人に“響く”かは、やってみないと分からないので、いろいろな手段を試してみることをお勧めします。
― なるほど。では最後に、運転免許証返納体験の今後の計画について教えてください。
田中様:これまでは「期間限定」「地域限定」のテスト実施に留まっていましたが、これまでの成果を踏まえて、今後は大阪府全体を対象に期間を限定せず、相談に来られた方すべてを対象に常時実施できるような仕組みを作っていきたいと考えています。
※令和3年4月1日より実施可能
― 高齢ドライバーが自ら運転免許証返納体験をやってみることも可能だと思いますが。
田中様:大阪府では警察の取り組みとして運転免許証返納体験を実施していますが、そういう仕組みがない地域でも、高齢ドライバーご自身が自発的に返納体験をしていただけることは大いに意味があります。ご家族がサポートしながらご本人に返納体験していただくよう勧めることも良い試みです。普段から様々な交通手段を開拓しておくことは、健康の維持に貢献するだけでなく、緊急時にも役に立つ可能性があります。大阪府警の取り組みを参考に、多くの高齢ドライバーの方に取り組んでいただけると嬉しい限りです。
― そうやって返納体験することが当たり前になると事故も減っていきそうですね。貴重なお話ありがとうございました。
※大阪府警の取り組みをモデルに基金でも返納体験のチェックシートを作成しました。関心のある方は是非ご活用ください。(ダウンロードはこちらから