地方や郊外の交通アクセス 移動手段を棚卸をしてみよう!
(筑波大学名誉教授 石田東生先生へのインタビュー)

 地方や郊外では「駅やバス停が遠い」「便数が少ない」など公共交通機関が十分に整っていないことも珍しくありません。そのため、運転を続けるかどうかを悩んでいるご高齢の方にとって、移動手段の選択肢が無くなる不安からマイカーを手放すことには戸惑いが付きまといます。仮にマイカーを手放し、免許を返納してしまうと、外出機会が減ることで足腰が弱くなるなど健康に悪影響を及ぼす可能性もあります。  このような問題を解決するために、政府ではオンデマンド型の移動サービスの実証実験を行うなど、地方や郊外における移動手段の選択肢を増やすためのさまざまな検討が行われています。  そこで、国土交通省や経済産業省など数多くの政府の審議会、検討会の座長や委員を務められている筑波大学名誉教授 石田東生様より、「地方や郊外に居住する高齢者やその家族は、マイカーを含めた移動の問題にどう向き合えばよいか」についてお話をうかがいました。
筑波大学名誉教授 石田東生様

高齢者が健康であり続けるためには、色々なところに外出することが大切

― 石田先生は道路政策や国土計画の専門家としてのお立場から、高齢者のモビリティに関する提言も行っているとお聞きします。高齢ドライバーの問題について、どのようなお考えをお持ちですか?
石田様:高齢ドライバーによる交通事故の多発は極めて深刻な問題ですから、これからますます高齢化が進む中、社会を挙げて取り組んでいくべきだと思います。とはいえ、高齢者から無理やり運転免許証を取り上げればすべてが解決するかというと、そうではありません。確かに免許返納によって事故のリスクは排除できますが、その一方で移動の自由が制限されてしまうことで、高齢者が生活に対する意欲をなくし、かえって健康を損ねてしまうリスクもあります。
― 車を運転して移動すること自体が、高齢者の健康を増進する効果があるということでしょうか。
石田様:そうですね。さまざまな調査の結果がそのことを裏付けています。例えば、つくば市にお住まいの高齢者の方々を対象に行った交通行動調査では、マイカーを所有していて自身で運転をする高齢者は、運転をしない人よりも活発だという結果が出ました。その一方、「日常生活の満足度の度合い」について調べたところ、運転による「移動距離の長さ」や「移動範囲の広さ」と満足度との間には、相関はあるのですが、統計的に有意ではないというがわかりました。
― 行動範囲が広い人ほど日常生活が充実しているわけではないということでしょうか?
石田様:そうなのです。ところが大変興味深いことに、移動の「目的や目的地の種類」が多い人ほど、日常生活の満足度が高いという結果が出ました。つまり、いくら移動の距離が長かったり移動範囲が広かったとしても、毎日同じ場所を行ったり来たりするだけでは満足感を得られないということです。現在全国の自治体で、車を運転できなくなった高齢者を病院や役所へ送り届ける公共交通手段を提供する試みが行われています。これ自体はとても有意義な取り組みですが、一方で病院や役所、スーパーといった決まりきった少数の目的地と自宅の間を行き来するだけでは、必ずしも生活の満足は得られないんですね。
― なるほど。移動の利便性だけでなく「多様性」を確保することも大事なのですね。
石田様:その通りです。そして多くの場合、多種多様な目的地に自由に移動できる交通手段としては、現時点では車が最も優れているんです。しかし言うまでもなく、高齢者はいつか車の運転を諦めざるを得ません。従って、免許を返納した後も移動の多様性を担保できるどうかが、高齢ドライバー問題を解決する上で欠かせない観点になってきます。

別の乗り物に乗り換えたとしても積極的に移動する方が健康にいい

― 高齢ドライバーに対して、ただ免許返納をお願いするだけでなく、返納後もこれまで通り自由な移動ができる環境を提供するのが重要だということですね。
石田様:はい。例えばイギリスでは、高齢者向けの小型モビリティスクーターが年間約15万台も販売されています。このスクーターは構造や最高速度によって3つの区分に分かれていますが、最もスピードが出る「class3」は比較的大型で時速12.8kmまで出ますから、かなり広い範囲を移動できます。
― 日本でいうところの「シニアカー」のようなものでしょうか。
石田様:そうですね。シニアカーをさらに高性能にしたものだとイメージしていただければいいと思います。日本では老化防止のためには、とにかく「自分の足で歩くべし」という論調が強いため、残念ながらシニアカーのような移動手段はあまりいいイメージを持たれていないようです。しかしイギリスで行われた大規模調査によると、先ほど紹介した高齢者向けスクーターを使って移動している人の方が、そうでない人より健康状態の劣化が遅いという結果が出ています。
― それは意外ですね。「自分の足で歩いた方が健康にはいい」というイメージがやはり根強いですから。
石田様:むしろスクーターを使っていろんな場所に出掛ける人の方がアクティブに行動する傾向が強く、外出先で歩いたり身体を動かしたりするために健康状態を良好に保てるのだと考えられます。日本でも新しいパーソナルモビリティとして電動車イスやシニアカーなどが徐々に登場し始めていますが、そういう新しいモビリティが次々と販売されて使えるようになることが大切です。また、高齢者もそういう新しいモビリティを積極的に活用する意識を持った方がいいと思います。
― 車だけでなく、それに代わる乗り物もどんどん使っていくことが大事だということですね。
石田様:その通りです。運転をやめた後もそれ以前と同じ水準のアクティビティを維持するためには、一体どんな代替の乗り物やサービスがあるのか。まずはそれを知ることが大切です。自分が元気に運転できているうちから代替交通手段を調べたり、実際に乗ったり使ってみることで、車の運転をやめた後のアクティブな生活をイメージできるようになるでしょう。そうすれば、いざ免許証を返納しなければならなくなった時の不安や心配も減らせます。

多様な移動手段を試しながら組み合わせる「モビリティ・マネジメント」を日々行ってほしい

― バスや電車などの公共交通機関も、地域によって差があるとはいえ、うまく使いこなせばかなり自由に移動できますよね。
石田様:そうですね。公共交通機関をうまく使いこなすことは、高齢ドライバーに限らず、環境問題や地域活性化を考える上でも極めて重要です。皆が皆、自分の都合だけを考えて車を使うと、道路は渋滞してしまいますし、環境にも大きな負荷が掛かります。また公共交通機関の利用者が減ることで経営状況が悪化してサービス品質が低下し、さらに利用者が減るという悪循環に陥ってしまいます。そこで重要になってくるのが、「モビリティ・マネジメント」の考え方です。
― あまり耳馴染みのないキーワードですが、モビリティ・マネジメントとは一体何なのでしょうか。
石田様:簡単に言えば、車の利用に過度に頼る状態から、公共交通機関や徒歩、自転車など多様な交通手段を適度に利用する状態へと少しずつ変えていく一連の取り組みのことを指します。ここで重要なのは、制度やハードウェアによって強制的に車の利用を減らすのではなく、車だけに依存しないことの価値を丁寧に啓蒙することで、一人ひとりの住民の方々や一つひとつの組織が“自発的に”行動を変容することを促すという点です。日本では既に約10年前から、国交省を中心にこのモビリティ・マネジメントに基づく政策を実施しており、既に全国でさまざまな成果を上げています。
― ドライバーに自発的に行動を変えてもらうという点は、高齢者ドライバー問題を解決する上でも重要なポイントになりそうですね。
石田様:その通りです。高齢ドライバー自身の利便性だけを考えれば、いつまでも車を運転し続けた方がいいに決まっています。しかしドライバー自身が一段視座を高く持つことで、自分が運転し続けることで社会に与えるデメリットやリスクについて自覚できるようになります。同様に高齢ドライバーのご家族の方々も、単に高齢者の方に免許返納を迫るのではなく、「おじいちゃんの健康のために」「これからも元気で長生きしてもらうために」という観点に立つことで、おじいちゃん・おばあちゃんが免許を返納した後の移動手段の確保について自然と考えられるようになるはずです。

元気に運転できているうちから移動先の棚卸をし、他の移動手段も使ってみる

― モビリティ・マネジメントの観点に立って、まだ高齢ドライバーが元気に運転できているうちに、家族も交えて免許返納後の移動の在り方について話し合っておくことが大事なんですね。
石田様:実際にどのような交通手段があるのか、あらかじめ実際に使って体験しておけば、自然と不安も払拭できます。実際に乗ってみたことがない人にとって、公共交通機関の利用は意外と不安なものです。その点とても興味深い取り組みを行っているのが、北海道の帯広市を中心にサービスを展開している十勝バスです。乗客数の伸び悩みを解消するために、主力路線の沿線住民を対象に訪問調査を行って、「なぜバスに乗らないのですか?」とヒアリングして回ったところ、最も多かった答が「不安だから乗らない」というものだったそうです。「どこにバス停があるのか」「どの程度の頻度で運行しているのか」「どうやって運賃を払うのか」といった点に不安があるという声があったようです。そこでそうした不安を解消するために、行先や乗降方法などの案内を丁寧にやるようにしたところ、乗客が増え始めたのです。
― あらかじめ不安を取り除いてあげれば、実は公共交通機関を使ってみたいという潜在的なニーズはあるかもしれないのですね。
石田様:ですから高齢ドライバーのご家族の方々も、ぜひ一緒に公共交通機関を使っていろんな場所に出掛けてみることをお勧めします。そうすることで高齢ドライバー自身が「公共交通機関は実はこんなに簡単に利用できるのか」「結構いろんなところに出掛けられるんだ」という気付きを得て、免許を返納した後の豊かな生活をイメージしやすくなると思います。
― ご家族の方々も、「実はおじいちゃんは、こんなところに行きたがっていたんだ」「この場所へ行くのに、実はこんな移動手段があったんだ」という新たな気付きを得られるかもしれませんね。
石田様:あらかじめ移動先や移動方法の棚卸をしておけば、高齢ドライバーが免許を返納した後の生活のイメージも湧きやすくなりますし、家族間でのコミュニケーションもスムーズに運ぶことでしょう。最近は移動の経路や手段を簡単に教えてくれるスマホアプリもありますから、お孫さんも交えてそうしたアプリを一緒に使ってコミュニケーションを取ってみるのもいいかもしれません。ただ単に「危ないからやめろ」と言うのではなく、モビリティ・マネジメントの観点に立った丁寧なコミュニケーションを心掛けることこそが、高齢者ドライバー問題の解決の糸口になるのではないでしょうか。
― ありがとうございました。